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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2983号 判決

控訴人 株式会社フアツシヨン商会

被控訴人 辰浪布帛株式会社

主文

更生会社辰浪布帛株式会社管財人の控訴人に対する否認権行使に基く請求については昭和三十五年六月六日更生手続終結決定により訴訟は終了した。

被控訴人の控訴人に対する各請求は棄却する。

控訴費用は被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の控訴人に対する訴を却下する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、双方各訴訟代理人において次のとおり附加し、被控訴人訴訟代理人において原審証人磯貝仁の証言(第四、第五回)を援用したほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

一、被控訴人訴訟代理人の附加した陳述。

更生会社辰浪布帛株式会社は昭和三十五年六月六日横浜地方裁判所において更生手続終結決定を受けたので従前の被控訴人たる管財人村田栄一はその資格を喪失し訴訟手続は中断したから、被控訴人辰浪布帛株式会社において訴訟手続を受継した。

二、控訴人訴訟代理人の附加した陳述。

更生会社辰浪布帛株式会社が昭和三十五年六月六日横浜地方裁判所において更生手続終結決定を受け従前の被控訴人たる管財人がその資格を喪失したことは認めるが、当審において審理の対象となつているのは否認権行使に基く請求だけであるところ、否認権は更生手続の進行している期間中だけ存在する権利であつて、更生手続が終結し管財人の地位が消滅するときは、会社において訴訟手続を受継ぐべき余地なく、否認権行使の訴は訴訟要件たる当事者適格を欠く不適法なものとなつて、却下されるべきものである。

理由

一、控訴人の本案前の抗弁について。

被控訴人は更生会社辰浪布帛株式会社(以下更生会社という。)が昭和三十五年六月六日横浜地方裁判所において更生手続終結決定を受け、本件第一審の原告であり当審の被控訴人であつた管財人村田栄一はその資格を喪失したこと(この事実は当事者間に争がない。)を理由に、これにより訴訟手続が中断したものとし、被控訴会社においてこれを受継いだ旨主張するのに対し、控訴人は、当審における審理の対象は否認権行使に基く請求だけであり、この請求については更生手続終結後において更生会社において訴訟手続を受継すべき余地なく、訴は当事者適格を欠くものとして却下されるべきであると主張する。

(当審における審判の対象)

当審に係属している請求は否認権行使に基く請求だけではない。本件の第一審において原告たる管財人は、第一次請求として控訴人による更生会社所有物件の所有権侵害を理由として不法行為による損害賠償を求め、以下同一請求金額につき予備的請求として、第二次、控訴人の被用者による更生会社所有商品の所有権侵害を理由として民法第七百十五条の規定に基き控訴人に対し損害賠償の請求をなし、第三次の請求として更生会社と控訴人との間の前記物品の代物弁済予約に伴う物品寄託契約に基く控訴人の契約上の義務不履行を理由に右物品の価額に相当する損害の賠償を求め、第四次の請求として更生会社と被控訴人との間に右物品の代物弁済契約が成立していたとすればそれは更生債権者を害する行為であるとしてこれを否認し物品返還の不能を理由にその価額の償還を求め、第五次の請求として、右第四次請求が否認権行使の要件を具えないため理由がないとすれば、強迫を理由として該代物弁済行為を取消す旨述べ物品の返還に代る損害の賠償を求めたものであるところ、原裁判所は、右第一次ないし第三次の請求はいずれも理由がないものとし、第四次の請求に基き控訴人に対する代物弁済の否認を正当とし請求金額の一部を認容する旨の判決を言渡したものであり、控訴人はこれに対し控訴を提起して右認容された請求の棄却を求め、前被控訴人たる管財人は当審において控訴棄却の判決を求めたものである。右によつて見れば本件否認権行使に基く請求は前掲第一次ないし第五次の予備的併合に係る請求中の一部であり、これに対しなされた第一審判決に対し控訴の提起があつた以上、右予備的併合請求の全部につき移審の効力を生じすべての請求が当審に係属しているものである。前被控訴人たる管財人は当審において控訴棄却の判決を求めているに過ぎないけれども、その趣旨は他の併合請求については全然判断を求めないものではなく、否認権行使に基く請求の理由がない場合においては前掲第一次ないし第三次及び第五次請求のいずれの請求によるにせよ原判決において請求を認容された金額の限度において同一金額の支払を命ずる判決を求める趣旨のものであることは、弁論の全趣旨特に右管財人が原審口頭弁論の結果をなんらの限定をもしないで陳述していることに照しても明らかというべきである。このように同一金額の予備的併合に係る請求の一部につき原告勝訴の判決があり、これに対し被告が控訴し被控訴人たる第一審原告において控訴棄却の判決を求めた場合には、原判決の認容した金額の限度において予備的請求の全部が控訴審における審理の対象となるものであつて、単に原判決において認容された請求に限られるべきであるとの控訴人の主張は採用できない。

(更生手続の終了と否認権行使に基く請求の運命)

会社更生法上の否認権は、更生手続開始決定以前に不当に逸出した会社財産を回復することにより会社事業の維持更生を図るため更生手続中管財人が行うものであつて、更生手続中においてのみ存在するものであるから、更生手続の終結によつて消滅し、たとえ更生手続中に否認権が行使されていてもこれに基き会社に財産を回復する以前に更生手続が終了するときは、もはや否認権行使の効果として相手方に対し財産の返還又はその価額の償還を求める権利は消滅するものと解すべきである。従つて本件否認権行使に基く請求につき訴訟の係属中前記のように更生手続終結決定があつた以上、一方この請求の原告たる管財人の資格が消滅するとともに他方当該請求に係る権利もまた絶対的に消滅し何人もこれを承継することができない。管財人による本件否認権の行使は、当初は、認可された更生計画実施のための必要に出でたものと認むべきところ、その完結前に更生手続終結決定があつたのは更生計画実施のためには否認権行使の結果の完結を待つ必要がなくなつたためと推認すべく、仮にそうでないとしても、更生手続終結決定後において否認権に基く権利行使をする余地はない。従つて本件否認権行使に基く請求に係る訴訟は、更生手続終結決定により当然終了したものと解すべきであり、右請求に関する限り、被控訴人においてその主張のように訴訟手続を受継することはできないし、又控訴人主張のように訴を不適法として却下すべきものでもない。ただ当該請求につき現在の被控訴人と控訴人との間に訴訟係属の有無につき争があるから、裁判所は訴訟終了の旨を判決を以て明らかにすることを要するものというべきである。

(その他の請求についての訴訟手続の受継について)

前掲第一次ないし第三次及び第五次の各請求に係る各権利はいずれも更生会社に属する財産権であつて更生手続開始決定後はその管理及び処分をする権限は管財人に専属し(会社更生法第五十三条)、これに関する訴については管財人が訴訟当事者となるけれども(同法第九十六条)、更生手続が行われると否とを問わず会社に属する権利であるから、管財人の提起したこれらの訴訟の係属中更生手続終結決定があつたときは、会社更生法第六十九条第三項に規定する場合には厳格には該当しないけれどもなお同条の類推により、訴訟手続は中断し被控訴会社において訴訟手続を受継することができるものと解すべきである。従つて被控訴人のなした本件訴訟手続受継の申立は前記第一次ないし第三次及び第五次の請求については理由があり、これらの請求は当審における審理の対象となつているものである。

二、被控訴人の前記第一次ないし第三次及び第五次の請求に対する判断。

控訴人は洋装、服飾品の製造販売及びその附帯業務を目的とする会社であつて、被控訴会社に対し金六十四万七千六百五円の債権を有していたこと及び控訴人が昭和三十年九月二十八日被控訴会社本店より数量価格の点は措き原判決末尾第一目録記載の物品を搬出したことはいずれも書事者間に争がない、

被控訴人は、右物品の搬出は控訴会社の被用者中井明が控訴会社の命により、又はその命によらないで、被控訴会社代表取締役磯貝浪平及びその家族店員を脅迫の上強取してなしたものであると主張する。

原審証人磯貝浪平、同磯貝仁、同中井明(いずれも第一、二回)同飯野辰男の各証言を総合すれば、昭和三十五年九月二十八日当時被控訴会社は債務が四千万円に達し、これを完済することのできる資産なく、営業は行詰り、同日は夜に至るまで債権者等が同会社本店に集つて会議を開き対策を協議していたところ、控訴会社においては、右会議のことは通知を受けなかつたけれども他からの情報によつて右会社の窮迫状態を知り、従業員中井明を派したところ右債権者等の会議が行われていたので同人は被控訴会社代表者に強硬に談判して善処を要請したところ、被控訴会社代表者磯貝浪平においては債務の弁済に代えて営業用品を交付することを約し、同日夜債権者等の会議の解散して後磯貝浪平の子磯貝仁が立ち会い一々品目を照合の上右中井明に前記物品の引渡をしたことを認めることができ、当時の状況に照し中井明の態度が相当強硬であつたことは察するに難くないけれども、その間被控訴人主張のような脅迫が行われたこと及び被控訴人のなした代物弁済の意思表示が強迫によりなされたものであるとの点については、右主張に添う原審証人磯貝浪平、同磯貝仁(いずれも第一、二回)同田之井芳松の各供述部分並びに成立に争のない甲第四号証の記載は成立に争のない乙第一号証、甲第一、二号証及び原審証人中井明(第一、二回)同飯野辰男の各証言に照し採用し難く、他に被控訴人主張のような脅迫強迫のあつた事実を認めることのできる資料がない。従つて控訴人の脅迫により前記物品を搬出強取されその所有権を侵害されたことを前提とし、不法行為を理由として損害の賠償を求める本件第一次の請求、右不法行為は控訴人の被用者中井明のなしたところであるとして民法第七百十五条の規定により使用者としての控訴人に対しその損害の賠償を求める本件第二次の請求はいずれも理由がない。

被控訴人は控訴人との間に前記物品につき代物弁済の予約をなし暫定的にこれを控訴人に寄託したところ約に反し控訴人においてこれを処分した旨主張し、成立に争のない甲第一、第二号証(預り証)には預かり文言の記載があるけれども、前示のとおり被控訴会社においてはその前に既に右物品を代物弁済として引渡すことを約しており、控訴会社との間にこれを撤回する協議の行われたことを認めることのできる資料はなく、原審証人中井明の証言(第一回)によれば右預り証はいずれも物品受領を証する趣旨で交付されたものであることが認められるので、これを以て被控訴人主張の寄託契約を認める資料となすに足らず、原審証人磯貝仁の証言(第一回)中被控訴人の右主張に添う部分はたやすく採用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる資料がないから、右寄託契約の成立を前提とし控訴人が約に反して物品を処分し被控訴人の所有権を侵害したとしてこれによる損害の賠償を求める本件三次の請求も理由がない。

前示代物弁済の意思表示につき控訴人の被用者が強迫を行つた事実の認められないことは前示のとおりであるから、かような強迫を理由として右代物弁済契約を取消し物品の返還に代る損害の賠償を求める被控訴人の第五次の請求の理由のないことも明らかである。

以上のとおり被控訴人の本件第一次請求及び予備的請求としての第二、第三、第五次の各請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものとし、本件第四次の請求(否認権行使に基く請求)については昭和三十五年六月六日更生手続終結決定により訴訟の終了したことを宣言すべきものとし、民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 賀集唱)

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